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戸塚洋二氏逝去と文藝春秋 

先週、高エネルギー加速器研究機構の前機構長で、あのスーパーカミオカンデがニュートリノ振動を発見した時のリーダーだった戸塚洋二先生が亡くなられた。これ自体衝撃的だったが、昨日本屋で「文藝春秋8月号」に

ノーベル賞に最も近い物理学者が闘う生と死のドラマ
がん宣告 「余命十九カ月」の記録 戸塚洋二/立花 隆


という記事があるのに気づき、読んでみた。

スーパーカミオカンデでニュートリノ振動が発見されたのが1998年、戸塚先生はその前後からすでに体調の異変に気づいていたが多忙を理由に医者にかからず、2000年頃にいよいよおかしい、ということで検査を受けたところ、すでにステージ3のガンを宣告されたとのこと。

手術を受け復帰。しかし翌年2001年にはスーパーカミオカンデの光電子増倍管が大量に壊れるという大事故が発生。その対応に病身のまま取り組んだ。2002年にはカミオカンデの生みの親である、小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞、その際に小柴氏は「自分の弟子の中でノーベル賞を取れるだろう人が二人はいる」とコメントしていたが、戸塚先生は間違いなくその一人であった。

いずれ間違いなくノーベル賞を受賞するだろうと思われていたが、その後ガンが再発し、さらにどんどんと転移が発見される。すでに手術は不可能な状態になっていた。

文藝春秋の記事ではこのあたりの状況と当時そして現在のご自身の心境について淡々と語られている。そこには科学者としての絶頂を極めたところで不治の病に冒されたという不幸についての恨みも無念さも伝わってこない。むしろ読んでいるこちらの方が悔し涙があふれそうだった。

特に印象深かったのは、現在そして(そう長くない)これからについて、次の正岡子規の言葉を引いて語っていたくだり:
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。

参った。ご冥福をお祈りしたい。


[ 2008/07/16 07:12 ] お仕事 | TB(0) | CM(0)

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