スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇 

オッペンハイマー 上 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇
カイ・バード マーティン・シャーウィン 河邉 俊彦
PHP研究所 (2007/07/19)
売り上げランキング: 114298

オッペンハイマー 下 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇
カイ・バード マーティン・シャーウィン 河邉 俊彦
PHP研究所 (2007/07/19)
売り上げランキング: 41137


物理屋のはしくれとしては手に取らずにはいられなくて読んでしまった。ご存知(?)「原爆の父」オッペンハイマー氏の生涯を追った記録。

自己の不安定な精神をコントロールできず、人間関係をうまく築けなかった少年時代。
大学及びその後のヨーロッパ留学で現代物理学、量子力学に出会い、花開いていった才能。パウリ、ディラック、ハイゼンベルグ等、綺羅星のごとき量子力学の創始者達との交流を通じながら気づいていった名声。アメリカ帰国後は若き天才として迎えられ、アメリカの量子力学の指導的立場にありながらも学生の育成にもその手腕を発揮・・・とここまではよかったのだが、運命の歯車が狂い始めたのは、意外にもマンハッタン計画の責任者に任命されたその日からだった。

という感じでマンハッタン計画で人生の頂点を極め、その後いかにしてそこから転げ落ち、マッカーシー旋風の余波(マッカーシー自身は関わらないのだが)で公職から追放されていく様子が克明に記されている。

意外だったのは当時のアメリカで「さえも」ユダヤ人に対しては排他的な意識を持ち(オッペンハイマーはユダヤ人)、要職につくことにあれやこれやと言いがかりをつけられていた、ということ。

もう一つ面白いのは、オッペンハイマー自身の人生だけではなく、彼の周りに現れる高名な物理学者たちの若き日の様子などが垣間見れること。マンハッタン計画に召集されたファインマンのエピソードなどは笑わせるし、辛口で知られたパウリがオッペンハイマーのセミナー中に余りにもあれやこれやと口出しをするので、オッペンハイマーの親衛隊の学生が「だまれ、パウリ!」と叫ぶところなどは笑わせる。授業のネタに使えそうだ。

[ 2008/01/24 00:39 ] | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://chogc.blog9.fc2.com/tb.php/397-c732df71


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。