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訃報:中村誠太郎先生 

昨日、中村誠太郎先生が亡くなられたとの連絡を受けました。

経歴などについては受け取った訃報にあったものを引用しましょう。


中村教授は滋賀県彦根市の出身。
京都大学で湯川秀樹博士の指導を受けて素粒子論を専攻。
東大理学部教授、日大理工学部教授、東海大理学部教授を歴任。
素粒子論、原子核理論、特に二中間子論、ベータ崩壊、新粒子のモデルの解析などについて業績をあげた。

中村教授は、研究条件の改善、若手研究者の支援、科学の普及のために、生涯を通して尽力を続けた。日本の素粒子・原子核理論の研究者の自主的組織である素粒子論グループの発足に貢献し、1948年に機関誌「素粒子論研究」を創刊。若手研究者の支援事業として、1972年に素粒子奨学会を設立。自ら精力的に募金を集め、150人に奨学金を支給した。

さらに、物理学と医学の協力分野としてのパイ中間子の医学利用推進のために、中間子科学振興会会長として、パイ中間子がん治療研究会を主催し、物理学者と医学者の協力を支援し、多くの研究者を海外に派遣した。

中村教授は、非常に多くの教科書、参考書、啓蒙書の著述と翻訳を残し、科学の普及に努めた。

2001年3月に素粒子論グループの第1回素粒子メダル功労賞を受賞。




私が東海大学にいたとき、中村先生は特認名誉教授ということで時折研究室にふらりと現れて我々と議論して(からかって?)いかれることがあった。また、年に一回、伊豆の天城高原にある日立製作所の保養所に、中村先生に縁のある素粒子の偉い先生たちを集め、最近の素粒子分野の先端的なトピックなどを講演していただく勉強会を企画されていた。ここには東海大学のスタッフ、大学院生も呼んでいただき、特に院生は交通費のみ自己負担で参加させていただいていた。

いつも「私はクォークなんていう、半端な電荷を持った粒子の存在は信じないんですよ。朝永先生は電荷こそが最も基本的な量子数とおっしゃっていて、まったくその通りだと思う。」と話しておられた。

私が中村先生に最後にお会いしたのは確か2001年夏頃、工学院大学で開かれた「中村先生を囲む会」(かつて天城高原で行われていた勉強会)だった。御年93歳ということで、肺炎のため亡くなられたという。合掌。
[ 2007/01/24 10:13 ] 家族 | TB(0) | CM(0)

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